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July 29 2019

半島で受け継がれる宝物①/水神さままつり(下船越町)

夏休み直前の日曜日、梅雨明けが待ち遠しい7月14日。

前日の雨が上がり、薄日のさす中、
下船越町名切地区に伝わる「水神さままつり」が行われました。

自然の恵みに感謝し、その脅威を鎮める水神様信仰は、
海をつかさどる「海神様」だけでなく、農耕を護る「田の神様」と結びついたり、
井戸や水源に祀られるなど、全国各地、さまざまな形で生活に溶け込んでいますが、
こういった祭りは、近年、次第に少なくなってきています。

ここ名切地区のお祭りがいつ頃から始まったのか?地元の有志に尋ねても、
「俺らが生まれた頃にはもう始まってたもんなぁ」「さぁ、いつからやろか」と
はっきりした答えは返ってきません。

小さな入り江と崎が複雑な海岸線を描き、無数の瀬や小島が浮かぶ九十九島
の海域では、古くから人々が入り江に住み着いて、舟を操る海の民として
暮らしてきました。その歴史背景を考えると、この祭りも、
数百年も昔から脈々と続いているのかもしれないと、想像の世界が膨らみます。

水神さまが祀られる場所は、かつては島だったという「前島」の海岸で、
潮が満ちてくると海中に没します。まつりは引き潮の時間帯を選んで行われるのです。
公民館のある集落の中心部とは、埋め立てで陸続きになっており、
歩いて5分ほどのところ。皆さん、歩いたり、車に乗り合わせたりしてやってきます。

水神さまは「下船越町 水神山神トレイル」の象徴的な存在になっています。

かつて炭鉱で栄えた、前島干拓地・炭鉱跡地の港の風景

現地に到着すると、すでに数人が祭りの準備をしていました。
前の晩から注連縄を綯えて準備し、当日の朝、地域内の竹林で
4本の青竹を刈ってきて、古い竹と注連縄を替えて新しく設える作業は、
毎年、地元の有志が行っているそうです。

4本の竹を立てて注連縄をかける、その日の朝から地元の有志で準備が進められています。

お供えは、神酒、塩、米、鯛、そして各家庭でつくって持ち寄る「だんご」と
毎年決まっているのだそう。お供えの傍には、お賽銭用に小さなコップが
置かれています。余計なものは何も置かない、実にシンプルで自然と一体化した空間。

お供え物は、神酒、塩、米、鯛、だんご。

神事のスタートは12時から。
時間が近くなるにつれて、地元の方が徐々にやってきて、手づくりのだんごを
お供えしていきます。この祭りは、水の災害や事故、病気を防ぎ、商売繁盛を願うもので、
家族が水難に合わないように、健康で息災に暮らせるようにと、家族の人数分のだんごを
各家庭で作ってお供えするのが恒例なんだとか。なので、だんごの形も数も、まちまちです。

だんごは各家庭で作られ、家族の人数分お供えされます。

子どもたちの水難防止や家族の無病息災を願います。

12時を過ぎ、下船越町名切地区の金子公民館長のご発声で祭りがスタート。
俵ヶ浦半島出身の宮司さんによって神事が円滑に進められます。
ひとりずつ順に玉ぐしを奉奠し、水神さまに拝礼します。

下船越町名切地区の金子公民館長の挨拶により、12時から神事が始まります。

今年1年も安全でありますように、水神さまにお願いします。

玉串を捧げて拝礼。子供達を連れて参加している家族の姿も。

神事はおおよそ30分程で終了。
竹と注連縄そしてお供えしただんごは、神事が終わってもそのままにしておくそう。
聞くと、潮が満ちてくると、だんごは自然と海へと流れていき、家族の代わりに
海の災害から守ってくれるのだとか。美しい伝統です。
地域によっては神事が終わった後、海に投げるところもあるようですが、
名切地区ではこの自然スタイルでずっと変わらずに続けられています。

お供えしただんごはそのままに。家族の安全と健康への祈りをのせて、海へと流されていきます。

神事終了後、米と塩で場をお清め。

神事が終わった後は、同じ岩場で簡単な直会が行われます。
地元のお母さん達が朝から準備したおにぎりとかまぼこ、おつまみ、飲み物で、
少々不安定な椅子に腰かけて、身を寄せながらの親睦会です。

地元のお母さん達で作ったおにぎりとかまぼこ。

神事が終わった後は、地元のお母さん達が作ったお料理と飲み物で簡易な直会を開催。

この日まつりに参加していたのは、名切地区全35世帯の内34割。
下船越町にはもともと子育て世代が少なく、子連れ家族での参加は2世帯。
子供を連れてきていたお母さんに話を聞くと、水神さままつりをはじめ、
地元のお祭りや行事には、できるだけ子供を連れて参加するようにしているとのこと。

それぞれの仕事や行事があってなかなか全住民参加とはいかないようですが、
トレイルコースづくりや数年前から始まった俵ヶ浦半島活性化プロジェクトをきっかけに
水神さまの魅力を再発見し、参加するようになったという嬉しい声も聞くことができました。

都会に比べれば、普段の交流が多い地方の集落とはいえ、生活様式が変化して
地域行事に参加する人数も減り、顔をあわせる機会も少なくなってきています。
そんな中で、こうしたお祭りは地元の人の安否や近況を確認できる貴重な場。

近所の人たちと顔見知りになることで、子どもたちを思わぬ事故から
守ることにもつながります。

「お祭りがなかったら交流もないし、都会と変わらんよ」
名切地区で脈々と受け継がれてきたお祭りは、歴史を継承するだけでなく、
集落のコミュニケーションを深める語り場でもあります。

「集落の近くにカラオケ飲み屋があったらよかけどねぇー。」
なんて、たわいもないことを笑いながら話せる場があることが、
小さな集落にとってはとても大切なことなんだと改めて実感しました。

「縮小してでも続けられるように」
別れ際に地元のキーマンが語ってくれた言葉に、
優しくも確かな熱量を感じました。

直会の傍らで、岩場の貝を集める姿も。

こうした祭りが地元交流の貴重な場となっています。

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